2月の終わりの満月と流氷、父の置き土産

筆がすすまない。

2月も終わる頃に父が急逝した。
父のしんどくも精一杯生き抜いた軌跡を見付けた時には大きな後悔と悲しみに暮れたこの半月、ひと段落したので一旦戻ってきた。

生前に受け継がなかったものを、聞きたかったことなど、あとは拾い集めて自分なりに解釈をして組み上げていくしかない。父が一人で一生懸命に守ってきたものがあることも、なぜそれを周囲に見せなかったのか、死してなお笑いものにされていたのか、そういう性分であったのだろう。子としては悔しいばかりだから、その意志を継ぐと決めた。そんな父の沈んでしまった意志を引き上げるためには自分も変わらねばならない。

自然とそういう気持ちになった。
大きな課題を置き土産にしていったものだ。それは自分の中で息づいているものたち。あとは心配しないでいいよ、任せておいてくれ。生きているとき聞かせてやれたらよかったのにな。

親の背中を追いかけて遊びのつもりがいつの間にか写真も釣りも仕事にしてきた。こうして別海町で暮らしていることさえ道東が好きだった父の影響だ。

この先はこんな自分であってももっと活かしていかないともったいないと思う存分に駆け回ることにした。

重たい話にしかならないから書き始めるまで時間がかかってしまった。
また明日から少しづつ日常のことを綴っていこうと思うのでどうぞよろしく。

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