
1年と10ヶ月ほど投稿が空いた。
別海に来てから半年ほどは、そわそわしながらあちこちへ出かけていた。日々の美しさは時として視野を引き裂いて、脳内へなだれ込み、焦点を奪っていく。私は奪われた焦点を探すように何かを書くことで雑音が少しずつ小さくなり、こんがらがった思考がほどけていった。
「ほどける」っていうのは、ある衝撃で緩んで、そして振動で引っ張られたりする繰り返しで起こることらしい。
きっと自分の中に渦巻くものと外からの刺激がそうさせたのだろう。
一昨年の6月下旬に別海にしては夏を予感させるとても暑い日で、私はヤウシュベツ川のほとりで蚊やアブに集られながら涼んでいると背後から別海で牧場を営む青年に声をかけられた。この一声でその年の8月からの私の日々は大きく変化していった。

それから1ヶ月半ぐらい経った夜に、件のヤウシュベツ川で会った彼から電話が鳴った。
どうやら近所でお酒を飲んでいるらしい。彼と話す電話の向こうでは「早く来い!」と漁師の笑い声混じりの怒号も聞こえた。
「したら船乗るべ」
挨拶や自己紹介もそこそこに、ここへ何しに来た?なぜここを選んだ?そんなやりとりの中、私は船に乗ることになった。

初日は東寄りの風で海は白波が立っていた。
番屋に挨拶をして、その日はマスの定置網漁の見学をさせてもらうことになった。
想像していたよりも小さな船に7人で乗り込み漁場へ向かう。
私は船釣りで小さな船に乗ったくらいしか経験がなく、不安ばかりが募った。漁場に着くと両隣のの漁師の真似をして網をつかみ引っ張るが、やり方が全く分からなかった。網起こしは3か所あって、船の揺れと緊張で目が回りそうだったのを覚えている。
ただ、魚が獲れた時の喜びは今でも忘れない。

船から降りて魚を運び込み、番屋で休憩をした。
風が吹き抜ける番屋の中で、さまざまな話を聞かせてもらった。雨混じりの海模様だったから、髪を伝って雫が背中に流れた。その中でふと、魚を獲ることだけが漁師の仕事ではないということを知った。網に空いた穴を手探りで探して補修する。船の手入れをする。空と潮を読んで、出航の時間をずらす。漁は獲る前から始まっていた。
この2年で見てきた魚の価値と、今まで見てきた魚の価値はまるで違っていた。
以前は魚だけを見ていた。今は、その魚に至るまでの手仕事と、海模様を見ている。
価値は外側まで続いていた。

番屋でサケ・マスの定置網漁の手伝いをさせてもらって2年が過ぎた。
6月下旬から11月中旬ぐらいまでの間、夜明けからお昼ぐらいまでは浜で走り回った。
はじめはよく分からない手仕事の連続で、混乱することが多かった。ロープと少しの金具、細い紐から太い紐まで、どれもこれも合わせて大きな網を、掛け声とともに人力で海に入れていく。
顔や腕は日に焼けて皮がむけて黒くなり、髪は潮風で茶色くなっていった。いつの間にか体も筋肉でひとまわり以上大きくなった気がする。今はロープの結び方、魚の選別、その他諸々の雑務は、どうにか手が動く。
今では、ありがたくも仲間として受け入れてもらえている。
夕方になれば「飲んでるからおいで」と連絡が来る。
ある日、マキリを渡された。
「これ使って」それだけだった。
獲れた、獲れないで相場は変わる日もある。
それでも海へ出る緊張は変わらない。獲れなくても、命を張るのは変わらない。
あの膨大な手仕事も、変わらない。
豪快に見られがちだけど、彼らは目が細かい。
波と風の前で、柔らかく、繊細に身を守っている。
今はそういう人たちと一緒に過ごしている。
だから、また書く。
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