春は感覚がとがれていく

近頃、お風呂場で10匹以上のワラジムシが歩き回っている。
耐えがたい気持ちをグッと堪えて、ここに引っ越してきた頃の春を思い出す。どうやら今年は例年になく春が早いようだ。
昨年12月から1月にかけてはよく冷え込んでいたから、2月ともなればビシッと凍れるだろうと身構えていたのにちょっと拍子抜けする。流氷は羅臼辺りまで来ているが、今年もここには来ないのだろう。

年々気候変動で海水温度が上がったり気温が高かったり、災害級の大雨が降ったり、ここの浜でもサケ・マスの水揚げが減ったり、マグロが獲れたりと色々な変化が多い。自然と向き合う一次産業にとっては気が気じゃないのではかと素人ながら心がざわつく。手を伸ばせば届くところにあったはずのものが少し遠くなったり、突然消えたりする。一般的にはそういう感覚なのかも知れない。ただ漁師は敏感で、わりと前からこの状況を予想していた人もいた。まさに「語れること以上のことを知っている」といった感じがする。自然と向き合うということは、肌に感じるものだったり、手触りというものが、手がかりや答えの指標になったりするものなのか。

自分は違和感を感じた時にどんな意思決定をするのか?
この積み重ねがいつか形になった時に、きちんと受け取れるよう行動したいものだ。

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