
自宅周辺があまりにも自然豊かで、ついつい見とれてしまう。
その折に、オジロワシは空を舞っていたり、キタキツネが何かを咥えて小走りしていたり、エゾシカが玄関先を歩いていたりするけれど、それはもう普通のことであって特に珍しい光景ではなくなった。そのようなものたちを間近で見ることが多くなったから、時々じっと観察している。総じて彼らの警戒心や注意力は、人間とは比べ物にならないほど高く、容姿は過剰に盛られることなく洗練されている。自然というものはとても合理性に富んだものだ。彼らから人間を眺めたら、さぞかし突拍子のない生き物なのかも知れない。

人間はというと同じ線上の生き物として見たら、やや過剰に色っぽくさせたり、強がって見せたりしたり、多様性ゆえの、複雑な進化版なのだろうか。
頭の中で様々な想いが駆け巡り、いつしか人間は自然体ではいられなくなったのかと、ふと思ったりする。小難しいことをつらつらと考えていると時間があっという間に消えて無くなっている。彼らの美しさと人間の美しさというものは、きっとカテゴリーが違うのかも知れない。人間が複雑過ぎるのだろうと今はそこに落ち着いた。「複雑」って便利な言葉だ。
本当はもっと「複雑」について考えてみようと思ったのだけれど、カップの中のコーヒーが冷たくなっているのを見たらもう少し楽に構えようと、そういう穏やかな気持ちになってきた。飲みたかったコーヒーが、飲まれぬまま放置され冷たくなっていた。私はどこへ行っていたのだろう。
よし、寝るか。
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